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りえの困り事日記

終活

「ちゃんと話す」じゃなくていい。親の終活を、何気ない会話で残せた話

数年前に親を見送りました。海への散骨、お墓もお葬式もいらない——生前の何気ない会話で聞けていた希望が、残された私の迷いを軽くしてくれました。一方で、暗証番号やお薬を聞き忘れて困ったことも。手続きや費用のリアルも、正直につづります。

「ちゃんと話す」じゃなくていい。親の終活を、何気ない会話で残せた話

「ちゃんと話し合う」なんて、できなくていい

終活、と聞くと身構えてしまいませんか。改まって「もしものときどうする?」なんて、なかなか切り出せるものではありません。私も、親とそんな重い話をした記憶はありません。

でも、離れて暮らすようになってから、たまの電話や帰省のとき、話の流れでぽつりと本人の希望が出ることがありました。私はそれを、遮らずに「そうなんだ」と聞くようにしていました。ちゃんと話す、というより、本人が言いたくなったときに言える空気をつくっておく。それだけです。

親の希望は、「海に還りたい。お墓もいらない」

私の親は、以前から「遺骨は故郷の海に散骨してほしい」「お墓は必要ない」と言っていました。お葬式も、大げさにしなくていい、と。

そのときは「うんうん」と聞き流していた言葉。でも、いざその時が来たとき、この一言たちがどれほど私を助けてくれたか、あとになって分かりました。

それでも、聞き忘れて困ったことがあった

正直に書きます。準備できていたつもりでも、抜けはありました。

  • 銀行の暗証番号
  • 飲んでいたお薬の種類
亡くなったあとに必要になって、「聞いておけばよかった」と何度も思いました。希望は聞けていたのに、こういう"生活の細かい情報"は、意外と話題にのぼらないんですよね。

結局、銀行や、通っていた病院に直接連絡して確認を取りました。ただ、そのためには役所などで書類をそろえる必要があって——亡くなった本人の分、手続きをする私の分、関係する親族の分と、集める書類が何種類もありました。しかも必要なものは銀行や窓口ごとに違う。ここは覚悟しておくと、少し楽かもしれません。

*必要書類は窓口や地域によって異なります。手続き先に「何が要りますか」と先に確認するのがおすすめです。

自宅で見送るということ——警察への連絡

私の親は、自宅で亡くなっていました。この場合、警察に連絡する義務があり、事件性がないかを調べてから引き取り、という流れになります。想像していなかった手続きで、気持ちが追いつかないまま動きました。

*対応は状況や地域によって異なります。実際のときは、警察や周りの指示に従ってください。

「身内だけのお別れ」を選んだ

お葬式はやらなくていい、と本人は言っていました。でも私は、身内だけの小さなお別れにしました。近くの葬儀屋さんを探し、警察署まで引き取りに来ていただいて。

ただ、地域の火葬場がいっぱいで、火葬まで3日ほど待つことに。こればかりは、こちらではどうにもできませんでした。

同時に、いくつものことが押し寄せる

見送ったあとは、悲しむ間もなく手続きが並行して押し寄せます。私の場合はこんな感じでした。

  • 借りていた家の片付け
  • 親宛ての郵便物を、私の家に届くよう変更
  • 「誰に、亡くなったことを伝えるか」
親が物の少ない人だったので、片付けはずいぶん助かりました。それでも大変だったのが、年末近くに他界したこと。役所が開いている期間が限られるうえ、借りていた家の明け渡しがあるので遺品整理の業者さんにも期限があって。悲しみのなかで、カレンダーとにらめっこしながら動く感覚でした。

かかったお金は、約60万円

見送りから身の回りの整理まで、私の場合はおよそ60万円かかりました。決して小さくない額です。

*金額は葬儀の形・地域・状況で大きく変わります。あくまで私のケースです。

ただ、親が「お墓もお葬式もいらない」と決めておいてくれたおかげで、金銭面はかなり抑えられました。そして何より——「これで本当にいいのかな」「世間体は」と迷わずにすんだ。本人の希望がはっきりしていたから、私は迷いなく見送れたんです。

半年後、親を海へ還した

そして他界から半年後。親の願いどおり、故郷の海で散骨をしました。故郷にある海洋散骨の業者さんを探してお願いしたのです。

方法はいくつかありました。親族が船に乗って自分たちの手で散骨する方法と、業者さんにお任せする方法。お任せの場合は、後日、散骨した様子の写真と、散骨した場所の緯度・経度をCDにして送ってくださいました。「ここに還ったんだ」と、場所が分かるのは、思っていた以上に心が落ち着くものでした。会いに行きたくなったら、別料金で船をチャーターしてお参りもできるそうです。

お墓はないけれど、親はいちばん還りたかった海にいる。それで、よかったと思っています。

残された人の"迷い"を減らすのが、終活なのかもしれない

この経験をして、私は思いました。終活は、立派なエンディングノートを完璧に書くことじゃなくていい。日頃の何気ないときに、少しずつ話せていれば十分なんだ、と。

そして今度は、私自身があとに残る人へ、負担なく渡していきたい。そう思うようになりました。

もし、あなたが今できる一歩があるとしたら

重い話としてではなく、たとえばこんな流れで、ぽつりと聞いてみるのはどうでしょう。

  • 「お墓とかって、どうしたい?」
  • 「もしものとき、連絡してほしい人っている?」
  • (そして忘れずに)「通帳の場所とか、暗証番号、どうしてる?」「お薬、何飲んでる?」
答えが返ってこなくても大丈夫。"言っていい"と分かってもらえるだけで、きっと違います。私の失敗も、海へ還した親のことも、あなたの「少し話しておこう」につながれば嬉しいです。